26日、64回目となる全国植樹祭が、天皇皇后両陛下のご臨席を仰ぎ、鳥取花回廊で開催された。


会場への入場ゲートは金属探知機が設置され、当然の事ながら厳重な警備であった。


私たちは、米子港を7時10分出発のバスで会場入りしたが、3名の連絡無しの欠席が発生し、その3名が全て米子市議であった。


バスの中では、批判や嘲笑の声が漏れていたが、コメントにも値しない行為で、呆れるばかりであった。

 




8時頃には会場に到着し、開式までの2時間余り、飲食ブースや日野高校郷土芸能部による荒神神楽を楽しんだ。

 

 







 

 


 

式典会場のドームステージや両側の来賓席、観客席等は、全て木製で県産材で作られている。

 

 

 

 

 







 

式典の合唱とオーケストラは、県西部の高校やサークルで構成されており、息のあった演奏に日々の練習の成果が感じ取れた。

 

 

 

 

 

 






天皇皇后両陛下が会場へ入られると、一斉に日の丸の小旗が振られ、会場は高揚感に包まれた。


炎天下の下、2時間余り待っても不満の一つ漏れないのは、まさに天皇陛下のご威光と言ったところか。


主催者挨拶での平井知事は、会場の高揚感そのままに、原稿無しで身振り手振りを交えながら、プロローグの創作劇の続きを見る様な、堂々とした演説であった。

 





 

天皇皇后両陛下による、お手植えとお手撒き。

 

 

 

 

 








 

式典終盤には鳥に模した風船が放たれ、ユルキャラが全員集合しフィナーレを迎えた。


式典に参加しながら、日の丸の小旗を振らず、国歌斉唱をしない共産党市議に、改めて理由を尋ねたところ、象徴としての天皇は認めるが、国旗国歌は認めないとの見解であった。


欠席の選択もあったと思うが、陛下のご臨席もある事から、今日のところは批判は止めにした。

 

 





両陛下がお手植えとお手撒きされたステージ前の広場。

 

 

 

 

 








 

昼食後、花回廊の植樹場所に移動して、1本づつ苗木を植樹した。

 

 

 

 

 







 

間伐された後に、私が植えた1本の苗木。


この小さな苗木が1本の大木となり、やがて全ての命を育む森となる。


国土の7割が森林で、木と共に生きてきた民族の、アイデンティティーを感じる1日となった。

 

 

 






翌27日の昼、米子コンベンションホールで両陛下をお迎えした。


天皇陛下に、「出迎えご苦労様です」と声をかけて頂き、思わず背筋がピンと伸び、天皇陛下のご臨席を仰ぐ植樹行事の意味合いが、ほんの少し分かった様な気がした。


3日間のご滞在であったが、私たち県民、国民に対し多くのものを残された。 

問われるのは、それに気付き、実行する力である。