先日、近所を彷徨う野ネコを動物愛護団体から借りた捕獲機を使って保護した。その様子をSNSに投稿したところ、ある人から「犬だ猫と言っている場合か!訳解らん事を呟くな!鳥取県の事考えているのか!意味が解らん!返信下さい!」等のコメントが入った。
そこで、「人間が最優先であることには間違いないが、すべての命を大切に思う心も大事にしたい」と返信した。
それから何度かやり取りをしても同じ趣旨の繰り返しだったので交信を止めたが、その様子を見た人から次々と応援のコメントが入り、ちょっとしたプチ炎上となった。
議員という仕事柄、批判への耐性は持っているので気に病むことは少ないが、本来、楽しくクリエーティブなはずのコミュニケーションツールが、顔が見えないが故に批判や誹謗中傷の具に成り下がり、時に人の命をも奪い去る凶器となっている。
IT技術の進歩と共に、私たちは膨大な情報と時空を超えたネットワークを手にしたが、全てが意のままに操作できる機能性が、皮肉にも違う意見や存在を排除し自身の殻に閉じこもる原因となっているように思える。
嘗ての人と人とが顔を突合せた時代、膨大な情報から一つの情報を探し出した時代、今に比べ遠回りで非効率にしか見えないが、実はその過程で貴重な経験をしていたのだと感じる。