24日、93回目となる美保関沖事件殉職者追悼参拝式が境港市の台場公園の慰霊塔で挙行された。昭和2年8月24日、旧日本海軍連合艦隊が日本海で行った夜間無灯火演習で巡洋艦「神通」との衝突事故が発生、駆逐艦「蕨」が大破沈没、後続の駆逐艦「葦」と巡洋艦「那珂」も衝突大破し、「海の八甲田山」と呼ばれる119名が亡くなる大惨事が発生した。
国旗掲揚と黙禱に続き、慰霊塔顕彰護持会・海軍クラブ美保錨会の菊池会長が追悼の言葉を述べ、参加者が献花を捧げ英霊に哀悼の誠を捧げた。
慰霊祭には沈没した蕨の後尾船体が発見されたこともあってか多くの報道機関が集まり、広く知れ渡ることになればと願った。美保関沖事件慰霊の会の佐名木会長代行と井上事務局長と共に献花を捧げ会場を後にした。
数多英霊の礎の上に今日があるとすれば、美保関沖事件を風化させることなく、後世に語り継がれるよう努力することが、この地に生きる者の使命ではないだろうかと帰る道すがら自分に問うてみた。





委員から第5波への対応として、鳥取方式が崩壊しているのではないか、希望者全員にPCR検査を、等の意見が繰り返し述べられた。

講演でも述べた日本会議地方議連のメンバーで、講演について意見交換を行った。
連日雨が続いていたが、式典中は見事に晴れ渡り海からの風も心地良く、重ね重ね英霊の御魂に感謝する一日となった。

海浜公園ビーチのマリンアスレチックも大波を受け、撤収作業も追いつかず大破した。
消波ブロックを設置している皆生海岸でさえ、一夜にして砂浜の形状が変わるほど波の威力は凄まじく、毎年実施されるサンドリサイクルがそうであるように、白砂青松の浜を維持する困難さを実感した。









