22日、美保関沖事件で沈没した旧日本海軍の駆逐艦「蕨」の水中調査中間報告会に参加した。水中調査チームの九州大学の菅教授が、調査概要について報告した。
報告会を主催した「美保関沖事件慰霊の会」の大原会員から、昨年と今回の調査結果について説明があった。
今回の水中調査は境港市のジョイマリンが協力して水中探査を行った。
マルチビームソナーで蕨と思われる物体を測量した結果、残された関係資料と一致した。
その後、水中ドローンを推進180m近辺まで潜水させ、沈没した蕨の後尾船体の撮影に成功した。(写真は蕨の砲身部分)
昨年集めたデータを基に作成された蕨の前頭部の3D画像。昭和2年、美保湾沖で行われた連合艦隊の夜間演習は日本海軍最大の衝突事故を引き起こし、119名もの尊い命が犠牲となった。海の八甲田山とも呼ばれるこの事件が美保湾沖で発生したことを知る人は少なく、境港市の台場公園の慰霊塔が物言わずひっそりと佇んでいる。
美保関沖事件慰霊の会の皆さんの地道な活動が、昨年今年と実施された水中調査事業に結びつき、戦艦大和の発見に次ぐ全国でも例のない民間人による発見に繋がった。
後はこの偉大な発見を如何に後世に伝え歴史的財産としていくか。国や自治体の手腕も問われている。

20日の島根県の視察を終え、21日は鳥取県境港市から始まり、米子市榎原の土砂災害現場の視察に立ち会った。
裏山が崩落し、倉庫と母屋の一部が押しつぶされ、発生時の恐怖を赤沢副大臣に伝えるご夫婦。






国で働く国会議員を我々地方議員が本気で支え、国会議員はそれに全力で応える。これこそが地方創生を成し得る有効な武器となる。







7月10日、石破・赤沢合同国政報告会が境港市、米子市、大山町、北栄町の4会場で開催された。
石破県連会長は、地元に帰れない赤沢副大臣の代わりに「政権中枢にあって代わりの利かない存在になった」と議員としての力量を語った。











活躍すれば活躍するほど地元に帰れない、国会議員としての宿命だが、同時に選挙の洗礼を前にして焦燥感も画面から伝わってきた。


語堂議員の頑張ろうコールで気勢を上げ、国政報告会を締めくくったが、本人不在の活動を如何に地元が支えるか、この壁を乗り越えない限りこの地から大物政治家は生まれないだろう。








