2011年08月

「青生会」の行政視察。

8月24日から26日の日程で、東北地方の3市を行政視察した。 初日は弘前市で、耐震改修促進計画について、取り組みを聞いた。

改修計画はそれぞれの所管課で作っているが、学校施設を含む特定建築物は、その殆どが避難所施設でもあり、防災面の観点から、施設整備の優先度は、総合的判断が求められる。

全体の改修計画の財政的裏付けや優先度判断等は、今後の課題としており、その点では程度の差はあるにせよ、米子市と同様な課題があると感じた。

2日目は盛岡市で、情報化基本計画について、まちなか観光、まちなか居住による活性化と、盛岡ブランドの推進についての取り組みを聞いた。

情報化基本計画によるIT化の推進は、先行している部分はあるものの、全庁的な情報の共有や管理については、今後の検討課題としており、質的には米子市と変わらない。 

また、盛岡ブランドの推進に関しては、単なる物産作りから脱却し、真の地域ブランドに育成する為には、まちの魅力と連動しており、インフラ整備も含め、総合的な政策展開が必要だと感じた。

3日目の会津若松市は、議会基本条例を基本とした政策形成サイクルの構築・運用についてと、中心市街地活性化事業について、(株)まちづくり会津の役員の皆さんと意見交換をした。

議会基本条例を基本とした議会活動の推進・活性化について、会津若松市の議員からの報告があり、基本条例策定段階からの現場の諸問題を聞く事ができ、その点、特に有意義であった。

(株)まちづくり会津との意見交換は、役員との個人的な繋がりもあり実現したもので、10数年ぶりの再会にも拘らず、会津若松の侍たちとの語らいは、深夜まで大いに盛り上がった。

まちづくり、活性化の原点は、「若者、ばか者、よそ者」とよく言われるが、それを地で行くような役員の献身的な取り組みに、全ては人の情熱が、まちづくりの原点なのだと痛感した。

娘の結婚式。

8月20日、長女が結婚式を挙げた。 当日は雨も上がり、羽織袴の新郎が婿入りし、娘は尺八の音と長持ち歌に送られながら、我が家を後に嫁いで行った。

28年前の私たちと、同じ羽織袴の新郎と白無垢の花嫁姿に、娘との26年間の思い出と、当時の記憶が鮮明に蘇った。 神前での結婚式を終え、午後1時過ぎから始まった披露宴は、予定を2時間近く超過し、見送りが終わったのは6時前であった。

新郎、新婦とも小中学校からバスケットを始め、高校、大学ともバスケット部に所属し、社会人となった現在も、選手として指導者としてバスケットを続けている。 正にバスケットが取り持った縁である。

披露宴では、新郎新婦の各時代のチームメイトや教え子たちが、交代で余興やスピーチを披露した。 新郎側は190cmを超え、新婦側でも180cmを超える、体育会系のぶつかり合いは迫力満点で、会場は爆笑と涙に包まれた。

辛苦を共にし、同じ釜の飯を食った仲間との、友情と絆の強さに感動しながら、娘の歩んできた26年間の人生が、確かなものだったのだと確信し、親としての役割が、一区切り付いたと感じた。

娘から見れば、親らしい親とは言えない、どちらかと言えば反面教師の父であったが、家族や妻の努力、親戚や友人、地域の人に育まれ、そして助けられ、この日を迎える事ができた。

人は一人で生きてはいけない。 感じようが感じまいが、分かろうが分かるまいが、多くの人の力を借りて生きているのが現実である。

娘の結婚式を通し、人は、人の力を借りて生きている以上に、人によって生かされていると、改めて感じることが出来た。 今日まで愛し育んで頂いた皆様に、ただただ感謝するばかりである。

私に似て気の強い娘であったが、喧嘩相手がいなくなったと思うと、どこか寂しさを感じる。 翌日、縁側から出る白無垢姿の娘の為に、下駄石の上に並べたブロックを片付けながら、嫁ついでいったのだと実感した。

全員協議会で質疑。

8月19日、全員協議会が開催され、住民自治基本条例について、公会堂のプロポーザルについて、崎津ガイナタウンのメガソーラーについて、当局からの説明があった。

公会堂のプロポーザルに関しては、議会に一切説明しないまま実施に踏み切っており、過去の経緯からしても、議会軽視どころか議会無視と言える。

当局が常任委員会に報告しない以上、質疑する場は今回の全員協議会と言う事になったのだが、質疑に対し賛成の意見のほか、3人の議員から異論が述べられた。

異論を唱えた3議員の意見は、中身の議論ではなく、手続き論、慣例論、当局擁護論の点で共通しており、二元代表の一翼を担う議会の職責を放棄している。

一人は過去の答弁はともかくとして前へ進むべきとの意見、一人は全員協議会で扱うべき事柄ではないと言った意見、もう一人は質疑の内容が専門的で、全員協議会に馴染まないと言った意見であった。

初に、過去の答弁に囚われず、建設的に進むべきとの意見だが、議事録を取る議会発言の重みがある。 方針変更を認めない訳ではないが、その様な時こそ、より丁寧な説明が必要だと考える。

また、全員協議会の議題とすべきではないとの意見だが、議会の重要な責務に、当局に対するチェック機能があり、この様な重大な方針変更に対して、議論もせずに追認するのであれば、議会は不要なものでしかない。

また、この質疑が詳細で専門的との意見だが、公会堂の問題は2年間に亘り議論してきており、この程度の質疑は入り口論とも言え、プロポーザルの募集要項を作成した当局が、答弁するのは当たり前の事である。

しかも、この件については、教育委員会と副市長に対して、8月上旬に事前の協議をして、質疑の内容を伝えていたのだが、その後、当局からの聞き取りは一切無かった。

何れにせよ、この程度の質疑に答弁できない当局の方が異常であり、プロポーザルの募集要項を作成したのは、一体誰なのかと言いたくなる。

以下が私の質疑である。

1、米子市公会堂基本設計のプロポーザル方式について

①公会堂の設計業務の発注方法について、22年12月定例会で、プロポーザル方式に関しては考えていないと建設部長が答弁している。 また、その後の委員会においても、プロポーザル方式について、評価方法、経費や期間、或いは地元業者への発注等、様々な問題点を挙げ否定的な答弁を副市長もしている。 この度の決定は、今迄の議会答弁と明確に矛盾しているが、この点に関して見解を伺う。

②プロポーザル方式の決定に関して、議員には7月21日、突如メール連絡が入った。 この問題に関し、今迄の経緯を考えれば余りにも一方的であり、議会に対し説明責任を果たしていない。 また、前日の20日には所管委員会の経済教育委員会が開かれており、この様な重要な問題を報告しないのは、議会軽視以外の何ものでもない。 この点に関して見解を伺う。

③全国公募にも拘らず、その応募条件から応募件数は3社に止まり、指名競争入札と比較して、全国公募の利点が発揮されず、競争原理も働いていない。 この点に関して見解を伺う。

④今回のプロポーザルは、大手設計事務所と地元A級事務所とのJVだが、出資比率と4500平方メートルの実績に関して、その設定根拠を尋ねる。


⑤公会堂の耐震診断に関して、診断、評価の見直しはしないのかとの指摘に対し、その考えは無いとの答弁をしているが、この度の募集要項では、耐震性能評価に対する提案とある。 これは先の耐震診断結果を破棄し、新たに耐震評価を行うと言う事であり、今迄の議会答弁と全く違う。 この点に関して見解を伺う。

⑥耐震性能の再評価となれば、千数百万円掛けた多額な耐震診断の費用が、全く無駄なものになる点と、更に、地元業者の評価と国からの認可を受けた第3者機関の評定を合わせて否定する事になり、今尚続いている使用停止の根拠すら揺らぐ事になるが、これらの点に関して見解を伺う。

⑦公会堂の文化財的価値を評価し、特に意匠には配慮すべきとあるが、具体的には、現在の外観に影響を与えないと言う事であり、意匠デザインの変更は考えられない。 発注者と設計者で共同作業を進めるとあるが、意匠デザインに関して何を求め、意匠的提案はどの様に差別化するのか。

⑧募集要項では、改修に関して耐震補強工法、制震工法、免震工法の実績を求めているが、工事予算の上限が決められており、現実的には耐震補強工法しか該当しないと考えるが、見解を伺う。

⑨プロポーザル方式の弊害で、採用を目的として、予算を超過するような過度な提案をする傾向があると聞くが、公会堂の様な構造的制約、意匠的制約、予算的制約のある中で、今後の実施設計や改修工事の発注の際、問題が生じる懸念があると思うが、この点に関して見解を伺う。

⑩今回の基本設計と別に、実施設計や工事監理が発注される予定になっているが、耐震性能評価は特殊な工法の提案となり、実施設計、工事管理に関して、他業者の参加が困難と推察する。 多くのプラント工事の様に、今後の発注においても、隋契となる様な事が無いのか確認する。

⑪今回の提案内容は専門性が高く、審査側には新築建物の審査以上に専門知識と技術が必要となるが、構造の専門家は2名、設備が1名、建築文化が1名で、その他は各分野の専門家ではない。 耐震性の再評価に関して、その責任は何処が負うのか。 また、各審査項目に対し、各審査員の配点は、どの様になっているのか尋ねる。












66回目の終戦記念日。

8月15日、先の大戦から66回目となる終戦記念日を迎えた。 我が家では、私の叔父が海軍に従軍し、昭和18年11月25日、ギルバート諸島方面で玉砕している。

戦時下とは言え、祖父母にとって29歳の若さで長男を亡くす悲しみは、どの様なものであったのか、墓掃除をしながら、ふとその様な事を思った。

今迄余り考えた事は無かったのだが、人生も折り返しを過ぎると、自分が何処から来て何処に帰っていくのか、その様な因果に、思いを廻らす事も珍しく無くなった。

私の住む地域では、盆の間の3日間、各自治会単位で盆踊り大会を実施している。 昔から伝わる3つの伝統的な踊りがあり、全て踊れて一人前である。

習得するにはかなりの練習が必要で、しかも旨い下手はその先の話である。 従って、子どもや若い人で踊れる人は少なく、簡略された盆踊りが主流である。

戦後60年余り、新しい文化、思想の広がりと共に、古き良きものを無くし,西洋化したライフスタイルが定着してきた。 

この様な中で、日本古来の伝統的な芸能や儀式を、次世代に繋げる努力を、日本人は怠ってきたのではないかと、何故かしら思う盆であった。

鳥取県バスケット成年男子の試合観戦。

8月13日、岡山県の桃太郎アリーナで開催された、国体の中国予選を観戦した。 鳥取は初戦で広島と対戦し、59対79のスコアーで力なく敗れた。

ゲームは、全てにおいて広島が上回っており、せめて運動量や気力の部分でも何とかと思うのだが、それすら感じられない、覇気の無いゲームだった。

鳥取は翌日の岡山戦、島根戦にも敗れ、全敗で予選を敗退した。 詳しいチームの戦力状況は分からないが、観戦していて感じる事は、鳥取には、プレーで引っ張る選手がいないと言う点である。

技術的にも、フィジカル的にも、ある程度の差であれば、気持ちの強いチームが、勝利する事は珍しくない。 こじんまりと大人しい鳥取のチームには、熱い気持ちのプレーが、今一番必要だと感じた。  
プロフィール



野坂道明(のざかみちあき)
昭和32年4月9日生

議員履歴
■鳥取県議会議員(2015-)
■米子市議会議員(2006-2014)
■鳥取県西部広域行政管理組合議会(2010-2014)

学 歴
昭和45年 米子市立加茂小卒
昭和48年 米子市立第4中卒
昭和51年 烏取県立境高卒
昭和56年 帝京大学経済学部卒

経 歴
■元(財)とっとりコンベンションビューロー西部地区企画運営委員会委員長(理事)
■元(社)米子法人会青年部会副部会長
■元米子商工会議所青年部会長
■米子市消防団河崎分団員
■河崎校区自治連合会顧問
■河崎公民館運営委員会顧問
■NPO法人やまつみスポーツクラブ顧問

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