11月11日の新聞報道で、図書館、美術館整備事業の予算の執行を保留する付帯決議に賛成した6会派から、ブログの修正、削除と謝罪を求めての要請文が、当事者の松田議員と新たに加わった私と議長,会派会長に提出されるとの記事があった。

その日は決算審査特別委員会があり、委員長である私は10時の開会から午後4時頃まで議会に詰めていたが、提出者の議員と顔を会わせても何事も無いので、本日の提出は無いのだろうと話しながら、副議長、会派会長、野坂、松田は帰宅した。 その直後、議会事務局から、「今要請文が提出されたのでFAXで送らせてもらってもよいか」との連絡が入り、さっきまで議会に両者いたのだから、直接手渡せば良いのではと思ったが、事務局に迷惑が掛かってもいけないので送ってもらうことにした。

以下が要請文の全文です。


米子市議会議員
 野坂道明 様
(議長経由)

市議会の正常化にむけて謝罪及び説明を求める

9月定例会の「付帯決議」について、貴議員は、インターネットの個人の「ブログ」で自らの解釈と見解を表し、「付帯決議」の主旨を地方自治法96条と誤解して市民社会に流布し、市民社会に市議会の信用を失墜させたことと、「付帯決議」に賛同した議員の名誉を著しく毀損した「行為」は極めて遺憾であります。
このような状況下は、議員間に反目と不信を醸すものであります。
よって、市議会の正常な運営と審議に向けて、誠意ある謝罪と説明責任を求める。

[主旨]
1、インターネットの「ブログ」での「行為」は、議会外の行動であってもその「行為」が社会的に与えた影響は極めて重大であります。
その具体的な事例は、(社)鳥取県建築事務所協会西部支部長名の議長要望書に記されている「付帯決議」が「自治法に照らして不当」という表現にあります。
又、地方紙にも同団体の要望行動が同様に市民に報道されていることであります。
これらの事例は、市議会の信用を失墜させるに等しいと言わざるを得ません。

2、貴議員は、「ブログ」での「行為」で地方自治法96条の「条件」という意味を「付帯決議」の主旨と同質と捉え、「凍結」という誤報を世に流布していることです。
これらの「誤報」を世に流布していることは、市民に市議会の議決行為の誤解を与える行為で市議会の信用失墜につながります。

3、貴議員は、自らの「ブログ」で、適正手続きを経た付帯決議を「何ら根拠のない議決を振りかざし、圧力を掛ける手法は卑怯で卑劣な手段であり、法令順守の議会とは無縁のものである・・・」、「この度の付帯決議はまさに議会の権限外の議決であり、茶番劇議会とよばれても反論の余地も無いと思います」とか、「執行を凍結する付帯決議」、「議会の権限を逸脱した暴挙」とか、「米子市議会は、議員定数と議会改革の特別委員会を設置しているが、残念ながら中身の議論以前の状態にあると言われても仕方無く、議員・議会に対する不信感が増大したことは否定できない」等々、と述べています。
これらの「行為」は、貴議員の私たち議員への侮辱行為にもなります。

4、貴議員は、議員が特定できる「委員会名」で表している、この「行為」は、記事全体からして「付帯決議」賛同した議員の名誉を著しく毀損した「行為」でもあります。
これらの「行為」は、議長が「付帯決議は、正当な市議会の決議行為」と公言されていることとは「正反対」の「行為」で市議会の信用を失わせるものであります。

5、以上の理由から、貴議員に対して次のことを求めます。
  ①「ブログ」の訂正及び削除を直ちに求める。
  ②誠意ある謝罪及び議員としての説明責任を果たすことを求める。

なお、貴議員がどのような対応を取られるか、11月15日(月)までに改めて文書で回答をお願いします。

以上

平成22年11月11日

よなご会議 会長 小林重喜
日本共産党 団長 岡村英治
一院クラブ 会長 遠藤 通
市民派   会長 中川健作
ムスカリ  会長 門脇邦子
虹     会長 山川智帆

以下が私の見解です。

今回の要請文は、同様な抗議文が10月27日に松田議員に提出されており、今回で2度目の提出になる。 そして今回から私も抗議の対象に加わった訳だが、松田議員に対する抗議の際にも述べたが、私的なブログに於いて、自由に政治的見解を述べるのは、憲法で保障された個人の基本的権利であり、「言論の自由」だと考える。

私はこの度の付帯決議に反対し、今後の米子市政や議会運営を憂え、自身の立場で政治的見解を述べているだけであり、ブログの全文を読めば、個人に対する誹謗中傷で無いのは明白である。 また議会を介してブログの修正、削除や謝罪を要求するのは、議会、議員としては不適切な行為であり、この様な議員本位のドタバタ劇など、市民とっては全く興味の無い話だと思う。 そんな事より、未だ保留状態にある図書館美術館の早期実施に向けて、汗をかく方がより建設的で、よっぽど市民が望むところであり、市民目線と言えるのではないのか。